Ha Chong-hyun
March 23May 18, 2019

河鍾賢(ハ・ジョンヒョン)
BLUM & POE (
東京)
2019
323 () - 518 ()
オープニング・レセプション: 2019323 () 

BLUM & POE (東京) では、河鍾賢(ハ・ジョンヒョン)による新作展を開催いたします。当ギャラリーでは3回目、東京スペースでは初の開催となる本展は、国内では15年ぶりの作家による展覧会となります。

河は、戦後の韓国美術を代表する先駆的作家の一人として知られています。物資にも困窮した1960-70年代の韓国の独裁的な政治制度下で、河はこれまで使われてこなかった、新聞紙、廃材、有刺鉄線といった素材を用いた制作の可能性を探るようになります。1974年には、「接合」と呼ばれるシリーズに着手し、絵具の持つ物質性、そして単なる支持体としてではないキャンバスの可能性についての追求を始めるようになりました。同シリーズでは、モノクロの油絵具を粗い織の麻布の裏面から裏濾すことで溢れ出た絵画表面を、さらに筆でなぞりつけ、擦り付けていくことで多種多様な抽象的構成を生み出しています。本展で発表する新作および近作から構成される「接合」シリーズは、青、赤、オレンジといった鮮やかな色彩を用いて描かれたものが多く登場します。一方で、白い絵具を用いた作品では、その表面を火にかざすことで化学的な変化がもたらされています。白から焦げた灰色へと変化した表面を水平に、あるいは垂直に削り出していく反復行為を繰り返すことで、絵画面の奥に隠された手つかずの白いレイヤーが暴かれていくのです。

河や李禹煥 (リ・ウファン)、朴栖甫 (パク・ソボ)、權寧禹(クォン・ヨンウ)、尹亨根(ユン・ヒョングン)、鄭相和 (チュン・サンハ) といった同時代の作家たちは、「単色画」の動向の担い手として知られるようになります。「単色画」とは、その名の通り「モノクロームペインティング=単色絵画」を意味し、その動向は、これらの作家たちが用いた極力表現を抑えた還元主義的美学を持った手法によって裏打ちされています。「単色画」作家たちは、絵具を押し付ける、キャンバスを浸す、鉛筆を滑らせる、紙を裂くといった行為を創作の中で打ち出し、素材を巧みにあやつりながら、油画と水墨画、彫刻と絵画、さらには鑑賞者と対象物といった定義や境界を曖昧にするような作品を生みだしてきました。

また、「単色画」の歴史は東京の美術シーンとも密接に結びついています。1975年に東京画廊にて開催された「5つのヒンセク<白> : 韓国5人の作家」展では、モノクロ調の色彩に取り組んでいた作家たちの試みが紹介され、同展は「単色画」についての理解を広めるきっかけとなった展覧会として高く評価されています。河自身はこのグループ展には参加していませんが、これまでに、ギン画廊(東京、1972年)、村松画廊(東京、1979年)、鎌倉画廊(東京・鎌倉、1985年、1990年, 1994年、1997年、2001年) 、ギャラリー美術世界(東京、2002年、2004年) をはじめとして日本でも数多くの個展を開催しています。さらに、「単色画」研究における権威であるミシガン大学准教授のジョアン・キーが述べているように、とりわけ両動向の中心人物であった李禹煥のおかげで、多くの「単色画」作家たちは「もの派」の活動に関心を持つようになりました。河の初期作品も、李の哲学や実践から大きな影響を受けています。1972年にジンギャラリーで行われた展覧会では、河は、両壁に渡したロープの中央に木製の梁を置いた作品を発表しました。この初期の作品の中でサイトスペシフィックに作られた素材と空間の相互依存的な関係性は、「もの派」の作家たちの作品群を想起させます。

本展は、近年開催された「単色のリズム: 韓国の抽象」 (東京オペラシティ アートギャラリー、2017年) や「Korean Abstract Art: Kim Whanki and Dansaekhwa」(宝龍美術館、上海、2018–19年)といったアジアで行われた大規模な「単色画」について検証する展覧会に続くものです。河は、ジョアン・キーのキュレーションによりBLUM & POE  (ロサンゼルス) で2014年に開催された「From All Sides: Tansaekhwa on Abstraction」展、続いて2016年に同ギャラリーで開催され、その後ニューヨークのスペースへ巡回した、韓国の単色画とアメリカのミニマリズムについて初めて比較、検証した展覧会「Dansaekhwa and Minimalism」展にも参加しています。